江戸川柳は、ここから始まった!

浅草の周辺には川柳に所縁が深い場所がいくつかあります。
川柳とは、五・七・五の十七音で、喜怒哀楽や世相をユーモアや風刺を交えて詠む定型詩のひとつです。

1757年(宝暦7年)旧暦8月25日、前句付けの点者・柄井川柳(からいせんりゅう)が最初の万句合(まんくあわせ)を興行しました。

「前句付け」とは、出題された七・七の前句に五・七・五の付句(つけく)を考え優劣を争うもの。
1765年(明和2年)、川柳の選句集『誹風柳多留(はいふうやなぎだる)』初編の刊行を契機に、付句は独立した文芸となっていきます。
明治中期頃から「川柳」の名称が用いられるようになります。

元浅草に柄井川柳の碑

元浅草の菊屋橋公園には、柄井川柳が活躍した場所として記念碑が建立されています。
浅草と下谷の中間地点であるこの辺りは寺町であり、合羽橋道具街からもすぐ近く。
池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』『仕掛け人 藤枝梅安』にも登場する阿部川町に隣接します。

柄井川柳碑

『誹風柳多留』の版元「星運堂」があった上野

上野にはかつて『誹風柳多留』の版元「星運堂」があり、俳諧書の刊行、川柳を江戸文芸の一つにまで育てたとして、上野駅公園口の近くに記念碑が建っています。
京成上野駅を出てすぐ、上野の山に上がる階段の下あたりです。
偶然、目の前のバス亭でバスを待っていて気づきました。

YouTubeチャンネル《Ryu Tube》

私自身は数年前から俳句を始めたのですが、川柳については「季語が必要ない五・七・五」くらいしか知識がありませんでした。
そこで最近、YouTubeの《Ryu Tube》というチャンネルを観て川柳について勉強しております。

https://www.youtube.com/channel/UCVAXdQUgVSzrErmZy1O4vXg

解説は尾藤川柳先生。
十六代目 櫻木庵 尾藤川柳。公論社・「川柳はいふう」主宰。
文芸としての川柳発信を行いながら、川柳文化の継承のため活動されています。

尾藤川柳 川柳ブログ
https://shinyokan.jp/senryu-blogs/issen

そしてMCはjazzシンガーの池の本和美さん。
和美さんは辻屋本店のお客さまであり、実は第二期「履物laboはきものがかり」の研究員でもあるのです。


ステージの和美さんは、衣装として着物を素敵にお召しになっています。
レパートリーはスタンダードjazzから日本の懐かしい歌まで多種多様。
私も時々「浅草HUB」や「銀座swing」などのjazzライブハウスへ聴きに行きます♪

池の本和美オフィシャルサイト https://www.kazumi-ikenomoto.com/

《Ryu Tube》チャンネルは全然堅苦しくなく、むしろ江戸庶民のちょっとお下劣な部分も川柳を通して紹介していて、とっても面白いので是非観てみてください!
「下駄」がテーマの回もありましたよ♪

三社祭川柳も!

そういえば、三社さま(浅草神社)でも毎年、三社祭川柳を公募しているようです。
次はチャレンジしてみようかな~
浅草神社公式ホームページ https://asakusajinja.jp/sanjamatsuri/senryu-backnumber/

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