第42回 錺簪(かざりかんざし) 職人 三浦孝之 さん
数年前、あるギャラリーで一目ぼれして購入したかんざしが、三浦さんの作品で、いつかお会いしたいなと思っていたのでした。「あさくさ和装塾」第4回目の講師になっていただいた、手ぬぐい店「ふじ屋」店主の川上さんと親しいと聞き、また同じく第5回目の講師、日本舞踊家の胡蝶さんも、よく三浦さんにかんざしを頼んでいることを知りました。 これも何かのご縁、と今回のインタビューをお願いしたところ、快く引き受けていただき、興味深いお話をお聞きできたのです。
辻屋本店 四代目 富田里枝
三浦孝之(みうらたかし)
日本デザイナー学院グラフィックデザイン科卒業後、広告代理店入社。祖父の他界をきっかけに錺職の道に入る事を決意。父(三代目)の師事を受け始める。同時期に和装小物メーカーに入社し髪飾りの販売、流通面を習得。 現在はかざり工芸三浦四代目として、歌舞伎や日本舞踊などの演劇用かんざしを中心とする他、一般向けの和装小物を製作。
かざり職は、数少ない貴重な職業じゃないかと。
四代目 富田里枝: 錺(かざり)という字は普段なかなか馴染みがないのですが、かざり職というのは、かんざしの他には、どんなものを作るのですか?
三浦孝之: 箪笥のかざり金具とか、お神輿のかざりなどですね。うちは代々、装身具を主として作っています。ひいお爺さんの時代の、箪笥の引き手なんかも残っているので、その時代に応じたかざりを作っていたのだと思います。
四代目 富田里枝: 歌舞伎や日本舞踊の鬘に付けるかんざしを作るようになったのは、三浦さんの代で復活させたのだとお聞きしましたが。
三浦孝之: 歌舞伎役者や日本舞踊の鬘を結う床山さんから注文がくるのです。お芝居や踊りにちなんだ柄や、役者さんの家紋が入ったかんざしなどです。
四代目 富田里枝: なるほど。中村屋とか、澤瀉屋とか、専属の床山さんから注文があるのですか?
三浦孝之: いえ、そうではなく、歌舞伎座の床山さんがいらっしゃるんです。床山さんもそんなに大きな業界ではないんですけど、日本舞踊とか新舞踊中心だったり、大衆演劇中心とか、得意分野はあるようです。
四代目 富田里枝: どういう風に注文がくるのですか? 下絵は三浦さんがお描きになるのですよね。
三浦孝之: はい。女形でも大柄な人も小柄な人もいますので、家紋の大きさなど、違ってきたりしますから、どれ位の大きさにしようかね、とか相談されることもあります。
四代目 富田里枝: あー、つまり鬘の大きさってことですよね。だいたいかんざしの形は決まっているものですか?
三浦孝之: 歌舞伎では、つまみかんざしも使われますが、うちで作るのは金属のかんざしですので、家紋が入った平打ちが主ですね。
四代目 富田里枝: そういえば、お姫様が付けている大きなかんざしは、つまみかんざしですものね。 歌舞伎の床山さんから注文を受けているかざり職人さんって、他にもいらっしゃるのですか?
三浦孝之: 金属のかんざしを作っているのは、ほとんどいないと思いますけれど。僕がこの仕事を継ぐ頃、床山業界で、かざり職人がちょうど途絶えてしまっていたのです。それで、せっかくやるのだったら、本格的なものも作りたいということで。床山さんも、しょうがねぇなという感じで、育ててくれたんでしょうね。ありがたいな、と思います。
四代目 富田里枝: 今となっては、あちらもありがたいと思ってますよ、きっと(笑)。三浦さんが継がなかったら、完全に途絶えてしまったかもしれない。三浦さんはいつ頃から、かざり職人になろうと決めたのですか?
三浦孝之: 一番のきっかけはお爺さんが亡くなったことです。もともと絵を描いたりするのが好きだったので、グラフィックデザインの専門学校に行かせてもらって、卒業後は広告関係の会社に勤めていました。5年程した頃、祖父が亡くなり、「おやじもこの仕事を辞めてしまったら、かざり職として続いてきているうちの仕事が途絶えてしまうなぁ」と思ったのです。 デザインの仕事は大勢の人がやっているけど、かざり職は数少ない貴重な職業じゃないかな、と。
四代目 富田里枝: 三浦さん、私より2歳お若いんですけど、その頃、日本の経済はまだ元気でしたよね。そんな時に、わりと地味な…と言ったら失礼ですけど、職人になろうと決心したのって、すごいなーと。今でこそ、職人になりたいって若者も増えて来ましたけど。私は20代半ばで、まだ実家の家業には興味ありませんでした。
昔の職人さんの仕事は、やっぱりすごいです
三浦孝之: でも職人の世界ではスタート遅いですから。
四代目 富田里枝: 回り道をしたことで、役に立っていることもあるのでは?
三浦孝之: そうですね。広告の仕事では、パソコンで図形を描くことを覚えました。それまでは五弁の花、十弁の花を描くにも分度器で図って、フリーハンドで描いてました。注文によって花の大きさもそれぞれ違うし、菊でも桜でも、いろんな種類があるので、その都度、描き直さなきゃならない。パソコンを使うようになって、作業が短縮されました。この仕事は、かかった時間で工賃を決めるところもありますから。
四代目 富田里枝: なるほど。それは大きいですね! 他にもなにか、遅いスタートでもよかったなってことありますか?
三浦孝之: 父について仕事を覚える前に、かんざしがどうやって売れるのか、どんな人がかんざしを使うのか、まずそういう事を学んだ方がよいと思って、当時父が世話になっていた髪飾りを扱う会社へ入れていただいたんです。
四代目 富田里枝: へぇ~!
三浦孝之: それで、世の中の仕組みというか、うちで作ったかんざしが、どのようにお客さまの手に渡っていくのか学ばせてもらいました。
四代目 富田里枝: それはいい! 私がこれまで取材してきた和装の世界では、ものを作る側と買う人とのギャップがあり過ぎて、困っている業界が少なくなかったですから。かんざしのデザインのアイディアなどは、常日ごろ考えているのですか?
三浦孝之: そんな格好いいもんじゃないですけど。床山さんからの注文は、古いかんざしを預かって、復刻するような作業ですので、今まで何百と作っているうちに、「こういう花の作り方があるんだ」「こんな細工の仕方があるんだ」という発見もあり、自分なりにアレンジしたりします。
四代目 富田里枝: 古いものを見て勉強になる部分が多い?
三浦孝之: そうですね。昔の職人さんの仕事は、やっぱりすごいです。何日かけて作るのかな、というくらい手のこんだものがある。今は現実的に、時間がかかれば高いものになってしまうし。
四代目 富田里枝: どうやって作ったのかわからないっていうものも?
三浦孝之: はい。ありますよ。
四代目 富田里枝: 現物以外に、設計図とかない世界なんですか?
三浦孝之: 設計図とか雛型とかはないですね。床山さんから昔のかんざしの写真を見せてもらうことはありますが。
四代目 富田里枝: かんざしのモチーフにされる図柄というのは、例えばどんな?
三浦孝之: 動物、植物、昆虫、風景など、自然のものが多いです。ふだんから公園を散歩しているときなど、葉っぱ一枚にしても見たり触ったりしてます。五感で取り入れるというか。でも昔から動植物は好きでしたね。子供の頃の家に庭があって、動植物が身近だった環境も大きいと思います。
四代目 富田里枝: ここの場所に、お庭のある家があったのですか!? ちょっと今じゃ想像できない。
三浦孝之: そうなんです。お隣さんの所まであったので、今の倍くらいあって。築山や飛び石のある庭がある古い日本家屋だったんです。おじいさんも動植物が好きで、犬や鯉を飼ったり、野鳥を餌付けしたり。植木もいっぱいありました。
四代目 富田里枝: 東京の下町で、同年代でそんな経験があるのは、とっても羨ましいです。うちとちょっとしか離れてないのに。私なんか、小学校の校庭さえ土じゃなかったくらい、自然には馴染みのない可愛そうな子供時代でしたよ(笑)。
三浦孝之: おじいさんの時代には、職人さんを何人か抱えて、この業界も活気があったのでしょうね。
四代目 富田里枝: 当時はもう、そんなに日本髪を結ったりしてないでしょ?
三浦孝之: それでもハレの日には、日本髪を結って、かんざしを挿す人がけっこういたんじゃないでしょうかね。
四代目 富田里枝: うちも、祖父の時代はすごく景気がよかったらしいです。私は覚えてませんけど。着物が生活の中にあった時代は、まだついこの間なんでしょうね。
中身にどんな物語があって、どんな意味があるかを知ってないと。
四代目 富田里枝: ちょっと話がそれましたが…自然がモチーフというのは、できるだけリアルに再現するということでしょうか?
三浦孝之: ただ写実的に作っているわけではないんです。細工は細かいですけど、この菊の花にしても、実物をそのまま写したのではありません。初めに作った職人さんのデザイン力というか、感性の豊かさが勉強になります。自然の花をある程度デフォルメしたり省略して、いかに感じよく形にするか。
四代目 富田里枝: 自然の動植物以外にも、たとえば着物の柄なども参考にされますか?
三浦孝之: 図録を見たりしますね。それと浅草の先輩方…手ぬぐい屋さんとか、扇子屋さんのお話も、かなり勉強になります。
四代目 富田里枝: あー(笑)! 川上さん(手ぬぐいの「ふじ屋」)とか荒井さん(扇子の「文扇堂」)は、すごい知識ですものね。
三浦孝之: あの人たちは歩く江戸字引きですから。歌舞伎の中村座の仕事で荒井さん達にくっついて行く機会があるので、おもしろい話が次々と…江戸文字の橘右之吉さんもメンバーで、荒井さんと掛け合いは、笑いながらも勉強させてもらってます。
四代目 富田里枝: 学校じゃ得られない知識の宝庫ですよね。
三浦孝之: そういう部分が大事なのかなと思います。ただデザインがきれいとか、技巧がうまいだけじゃなくて、中身にどんな物語があってどんな意味があるかを知ってないと。まだまだ僕なんか勉強不足です。
四代目 富田里枝: 浅草も向島も、戦争で建物はみんな焼けちゃってますが、形にないけど残っているものは脈々とありますよね。
三浦孝之: はい。そう思います。
四代目 富田里枝: これからやっていきたいことって、ありますか?
三浦孝之: そうですね。僕の仕事は床山さんからの注文以外に、一般の方に向けたかんざしを、舞台用を小ぶりにアレンジして作ったりしています。そもそも、かんざしには自然の草花を身につけて、魔を払うというお守りの役目があったのです。強い生命力が宿る草花を、いろんな材料を使って形にし、かんざしにするようになった。そんな原点も伝えていけたらと思います。
四代目 富田里枝: 単なるアクセサリーではなかったんですね。
三浦孝之: 図柄にもそれぞれ意味があるので。
四代目 富田里枝: 例えばこれ。「心」という文字に錠前がぶら下がっているのは…。
三浦孝之: 心変わりしないでねって。昔はこのかんざしを男性が女性に贈って告白したのかもしれません。
四代目 富田里枝: コウモリもいくつかありますね。
三浦孝之: 中国でも古くから福を招く象徴ですが、鼠が100年生きると羽根がはえてコウモリになる、と長寿の意味もあるようです。
四代目 富田里枝: トンボは下駄や草履の鼻緒の柄でもよくありますが、前にしか進まないことから「勝虫」と呼ばれて縁起がいいんですよね。
三浦孝之: カタバミという植物も、摘んでも摘んでも生えてくる強い生命力から、子孫繁栄という意味もありますね。カタバミ文様って、家紋でもあったりします。
四代目 富田里枝: おもしろいですねぇ! かざりかんざしって、全国的なものですか?
三浦孝之: 秋田や長崎の平戸は銀細工が有名ですね。秋田の花嫁衣装の髪飾りってすごく大きくて派手で、家一軒分と言われたくらい豪華だったようです。
四代目 富田里枝: 江戸っぽい特徴ってありますか?
三浦孝之: 派手っていうより、シンプルで粋な感じのものかな。この松葉なんかは浮世絵などにも描かれているモチーフです。常緑樹で生命力が強いという意味があります。
四代目 富田里枝: なるほど。
三浦孝之: そんな意味などを知っていれば心も豊かになるんじゃないかと。でも、そんなに構えず気軽につけてもらいたいです。
四代目 富田里枝: お気に入りのかんざし一つで、気分がぐっと上がりますものね! 今日はお忙しいところありがとうございました。
2011年6月29日 三浦さんの工房にて。
職人さんって気難しいのかなーと、ちょっとドキドキしながらお目にかかった三浦さんは、とても穏やかな方でした。家庭では3人の子どものお父さん。元気な男の子達は、お父さんの仕事が気になってしかたないようすです。「上の子は絵を描くのが好きなんですよ」と目を細めていた三浦さん。「かざり職人になりたい?」と聞いたら、「わかんなーい!」と恥ずかしがっていたけど、将来楽しみですね^^
辻屋本店 四代目 富田里枝
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