第59回 西端真矢さん

真矢さんとのご縁は、彼女が企画・制作したイベント“江戸着物ファッションショー”で、履物のご提供をさせていただいたのがきっかけです
失礼な言い方かもしれませんが、「根性ある女性だなぁ~」というのが印象。何度かお会いするうち、真面目で猪突猛進なだけでなく、とてもユーモアのあるお茶目な人だというのもわかってきました。
着物愛の深さも尋常ではなく、あらためてお話しを聞きたいなーと思い、今回のインタビューに登場していただきました。

 

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西端真矢

文筆家。1970年生まれ。東京都出身。93年上智大学文学部哲学科卒業。編集プロダクション、広告代理店勤務を経て、2007年独立。『婦人画報』『JAL SKYWARD』『DUNE』などの雑誌にて、取材記事、随筆、インタビュー記事を多数執筆。2017年初頭、雄山閣よりノンフィクション小説『歴史を商う』を上梓予定。きものにも造詣が深く、専門誌『美しいキモノ』『いろはにキモノ』や『クロワッサン』の長期連載「着物の時間」で、着こなし記事や染織家へのインタビュー記事を多数取材、執筆している。
http://www.maya-fwe.com/

 

 

四代目 富田里枝: 真矢さん、もうすぐご著書を出版されるのですよね?

 

西端真矢: はい、雄山閣から『歴史を商う』という本を出させていただくことになりました。雄山閣は学術専門書籍などちょっと硬い書籍を手掛けている老舗の出版社で、創立百周年事業として、会社のこれまでの歴史を小説として書いてもらいたいというご依頼で。 会長さんが歌舞伎や日本舞踊がお好きで、そういった関係の本も出されているのです。それらの下調べや構成作りで関わったり、私がゴーストライティングをした本をお読みいただいて、百年の物語をあなたの思うように書いてくださいと、白羽の矢を立ててくださったわけです。

 

四代目 富田里枝: 大抜擢ですね!

 

西端真矢: なかなか本を出せない時代なので、ありがたいです。小説にするにあたって、初代が書いた自伝を読んだり、出身の山梨県まで何度も取材に通いました。その土地の四季折々を体験したいと思って。

 

四代目 富田里枝: 真面目なんだなぁ。

 

西端真矢: 郷土資料館にも行ったし、村の古老に話を聴いたり。それから武蔵野中央図書館…私が人生でいちばん足を運んだ場所だと思うけれど…そこに日参してその時代の新聞の縮刷版を読みまくりました。当時の空気をつかむために三面記事がとても参考になりました。

 

四代目 富田里枝: なるほど。

 

西端真矢: 小説も参考にしました。昔から夏目漱石は好きだったのですが、その頃の風俗を知るために後半の作品『三四郎』『それから』などを違った視点でまた読み直してみたり。他には永井荷風とか。小説なので、その時代の雰囲気が大切ですから。

 

四代目 富田里枝: 大変な作業ですね。

 

西端真矢: 百年間を追うってそんなに簡単なことではないです。

 

四代目 富田里枝: 小説を書くのは、今回初めて?

 

西端真矢: 本格的な小説を書くのは初めてです。雄山閣は、歴史や書道、刀剣などちょっと地味な分野の出版なので、それほど儲かるような事業ではないのです。戦後すぐとバブル崩壊の後、二度倒産の憂き目をみています。それでもこの一族の人々は歴史と日本文化を愛していて、なんとか続けようという志があったからこそ復活した。そのあたりを私は描きたいと思いました。

 

四代目 富田里枝: 家族の歴史でもあるのですね。

 

西端真矢: そうなんです。目指す方向性としては、朝ドラの原作になるような…まぁ朝ドラは女性が主人公ですけど。○○テレビ開局○周年記念、4夜連続2時間スペシャルとか、そんなイメージね。是非、初代の役は香川照之さんに演じていただきたい!

 

四代目 富田里枝: アハハハ!

 

西端真矢: 4月に第一稿を上げたのですが、その時、体中に江戸小紋くらいのじんましんが出たの。肩がまったく上がらなくあり、結膜炎にもなって。

 

四代目 富田里枝: 精神的なストレスで!?

 

西端真矢: ええ、もう限界でしたね、本当に。国会図書館にも何度通ったか…探偵みたいな感じです。

 

四代目 富田里枝: 調べたりするのがお好きなんですね。

 

西端真矢: 学者の家に生まれたせいか、調べるのが苦にならないというか…。普段も一つの企画に対して、かなり本を読み込みます。編集の担当者に「こんなに調べて書いてくれて、ありがたい」と言われることが少なくないんです。

 

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四代目 富田里枝: いまどきは、ネットで調べるだけのライターも多いですからね。学者の家系なんですか。

 

西端真矢: はい、父方の祖父は明治32年生まれで大阪出身で、庄屋の家に生まれてなに不自由なかったのに、哲学を学びたいと家出して、ほとんど密航のように船の貨物室に乗り込んでアメリカへ渡ったそうです。皿洗いから始めて苦学の末、コロンビア大学に入学し、尊敬する哲学者のデューイ博士のもとで修士まで修めた人です。

 

四代目 富田里枝: すごーい!

 

西端真矢: 頑固で厳しいおじいちゃんでしたが、とても尊敬しています。専門は教育哲学で、東京や関西の大学で教鞭をとっていました。戦後、NHK教育テレビの設立に関わったと聞きます。とにかく肝の据わった人でした。 父は次男でやはり学者。専門はルネサンス思想史です。ヨーロッパやカナダに留学して7か国語、話せるんです。共通の知人を介して結婚した母も学者で、専門は日本美術史。おじさんもおばさんも、みんな学者なの。

 

四代目 富田里枝: へぇーっ!私の親戚はみんな商人で、アカデミックな人はひとりもいないなぁ(笑)。

 

西端真矢: 私も当然大学院に進むと思われていたのだけれど、子どもの頃から文章を書く仕事がしたかったので、もっと世の中のことを知らなければいけない!と考えて就職したのです。

 

四代目 富田里枝: でも探究心の強い学者肌の性質は、文章を書くにも役立ってますよね。

 

西端真矢: 論理的に考える性質は祖父や父から受け継ぎましたね。母には日本美術の見方を教わりました。論文を書くために資料調査に行くとき、幼かった私も連れて行かれて、根津美術館の庭で遊んで待っていたこともありました。あるいは家族で旅行していて骨董屋さんがあると、「この中でどれがいちばんいいか」って試験するの。弟は全然興味ないのだけど、私はおもしろくて。

 

四代目 富田里枝: 英才教育ですね!先ほど見せていただいた着物や帯は、おばあさまが染めたのですよね。

 

西端真矢: そうです、母方の祖母です。

 

四代目 富田里枝: 染めの作家だったのですか?

 

西端真矢: 祖母はふつうの主婦で、子育てが終わってから芹沢銈介先生の直弟子に型染めを習っていたのです。

 

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四代目 富田里枝: あー、芹沢銈介の系統ってわかります!でも主婦の趣味レベルじゃないですよね。

 

西端真矢: お弟子さんも10人位いたし、展覧会などで作品は売れてましたから、作家といってもいいのではないかしら。私が3歳位の頃、母が大学院に復帰したので、祖母の家にしょっちゅう預けられていました。おばあちゃんちに行くと、型紙や刷毛が散らばっていたり、染めた布が干してあった思い出があります。

 

 

 

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四代目 富田里枝: 日常的に着物が身近にあった環境だったんですね。

 

西端真矢: ええ、ひいおばあちゃんも私が6年生まで生きていて、いっさい洋服は着ない人でした。ですからその二人の着物姿が私の原点だと思います。たとえば半衿の幅とか、帯の柄出しとか、すごく影響を受けてますね。

 

 

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四代目 富田里枝: なるほど。でも影響を受けていながら、お母さまが研究していた日本美術や、おばあさまの着物の創作にも進まなかったのは、なぜでしょう。

 

西端真矢: 小説や随筆など文章を書く仕事をしたかったから。それには、学者にならずにいろんな経験を積まなきゃと思ったのです。小学校に入った頃から作文の授業やお話づくりが楽しくて楽しくて。学校の帰り道も『秘密の花園』『赤毛のアン』など少女小説を読みながら歩いてました。高学年になるともう大人の小説も読んでいましたね。

 

四代目 富田里枝: 文学少女!好きな小説家は誰と誰ですか?

 

西端真矢: 漱石とドストエフスキーかしら。谷崎、荷風も大好きです。三島は『奔馬』がいいですね。それから村上春樹の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』までの作品。

 

四代目 富田里枝: 文学好きの影響はどなたからですか?

 

西端真矢: うーん、両親からは一度も勉強しろとか、本を読めと言われたことがありませんが、家の中が図書館のようでしたから。親の研究分野が多いですけど。

 

四代目 富田里枝: 小さい頃から本に囲まれて育つと、文字に対する抵抗がなくなるのかな。

 

西端真矢: 読むことが呼吸、書くことが呼吸という感じです。

 

四代目 富田里枝: それで夢を叶えるために就職したわけですね。

 

西端真矢: これまで紆余曲折でした。小さい頃から本も好きだけどファッションにも興味があって、最初はアパレルに就職し、その後もファッション誌のライターをやったりジャーナリストの事務所でアルバイトしたり。でもチャンスを活かせなくて、20代はパッとしなかったなぁ。

 

四代目 富田里枝: 悩んだりいろいろあっての今なんですね。

 

西端真矢: 映画も好きで20代最後の1年に中国に映画留学して、その後、広告代理店に入りました。本当に厳しい世界で、もう軍隊のような。そこで鼻っ柱を折られ、徹底的にしごかれました。で、そのあたりから書いた文章も認められるようになり、ライターに転身したわけなんです。

 

四代目 富田里枝: 今回の本のような、フィクションとノンフィクションの間みたいなのが得意そうですよね。

 

西端真矢: ええ、婦人画報さんの仕事をいただくことが多いのですが、歴史に絡んだような企画を私はよく振られますね。

 

四代目 富田里枝: あ、読みました!NHKの大河ドラマ「真田丸」にちなんだ着物の話、おもしろかった!

 

西端真矢: その分野は得意ですし、今後もやっていきたいと思います。着物を核にした小説も書いてみたいですね。

 

四代目 富田里枝: すごいなぁ。

 

西端真矢: 最初はリクルートさんのほんの小さなインタビューの仕事から始まったんです。でも20代の頃とは違って、一つの仕事が次につながり、今はたくさんのお仕事をいただいていて、本当にありがたいです。

 

四代目 富田里枝: 私と真矢さんが出会ったきっかけは、真矢さんが企画プロデュースした「江戸着物ファッションショー」でしたね!

 

西端真矢: そうですよ!あの時はお世話になりました!2013年の夏に、浅草のアサヒアートスクウェアで開催しました。江戸時代、260年間にめまぐるしく変化した着物のスタイルを再現したファッションショーでした。

 

四代目 富田里枝: あれは本当にすごいイベントでしたねぇ!辻屋本店も履物でご協力させていただきました。でもきっかけはなんだったのですか?

 

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西端真矢: 私はとにかく着物が好きだから、着物関係の記事を書きたくて、どうしたらいいだろうって考えて、何か着物で目立つことをやればいいかも!とひらめいたの。

 

四代目 富田里枝: 思い切った発想ですね!

 

西端真矢: 何年か前にサントリー美術館で、丸山伸彦先生の監修された「小袖 江戸のオートクチュール展」を観て、ものすごく感動したのですが、やっぱり着てみたほうがいいなぁと。だって絵羽を見せるのもいいけれど、実際に女性が着ていたのだから着物が顔にどう映るかが大事でしょう!?それもあって、せっかくならいちばんやりたいことに挑戦しようと、アサヒアートスクウェアのイベントに応募したら審査に通ったんです。

 

四代目 富田里枝: 真矢さん、必死でしたよね(笑)

 

西端真矢: もう、イバラの道を選んだわけですよ。どうやって江戸時代の着物を探すのか…伝手はまったくゼロ!あらゆる文献やネットで調べて、再現している着物を探しに探して。

 

四代目 富田里枝: その根性って、家出してアメリカに留学したおじいさんに似たのかも。

 

西端真矢: うふふ、そうですね。ファッションショーの着付けは、時代着物の着付けを教えている「装道礼法きもの学院」にお願いするしかないと思って、たまたま茶道教室のお友だちが通っていたというだけで、役員まで話を通してもらってプレゼンに行ったんです。今日お見せした赤い帯を、今着ているこの着物に合わせて、いわば日の丸特攻隊の気持ちだったわけ。

 

四代目 富田里枝: すごい覚悟で。

 

西端真矢: プレゼンは代理店時代に、誇張じゃなくて1万回位出席してるから得意なのね。でも後から装道の先生に「この人の願いを訊いてあげないと自殺しちゃうんじゃないかと思った」って言われました。

 

四代目 富田里枝: でも、大成功でしたね!私も事業承継など大変な時期だったので、真矢さんを見て「人はこれほど頑張れるものなんだ!」と勇気をもらいました。そしてイベント成功の後、着物関係のライターも数々こなされていますよね。ブログでもご自身の着こなしをUPされてますが、実際に着物はよくお召しになってますか?

 

西端真矢: 10年位前にお茶を始めてからは頻繁に着ていますね。それまではお正月と雛祭り、家族の食事会などに着るくらいでしたが。

 

四代目 富田里枝: お好きなのはどんな感じの着物ですか?

 

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西端真矢: 今日着ているのは御召しですが、柔らかものが好きです。デザインでいえば、あまりにシンプル過ぎるのはつまらない。表現が難しいのですけれど、着物ならではの色や柄の奥深さを探ってみたいのです。洋服だったらできないような色の組み合わせや、柄プラス柄もできるのが着物の楽しさだと思うので。

 

四代目 富田里枝: それはきっと真矢さんが、日本美術やおばあさまの型染めを見ながら育ったからなんでしょうね。今日はたっぷりお話を聴けて、とても楽しかったです。ご著書を楽しみにしています。

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