源頼朝が社殿を寄進した「石浜神社」

四代目店主 富田里枝です。
毎年立春の日には自宅から一番近い恵方にある神社にお詣りしています。
今年は石浜神社でした。
聖武天皇の神亀元年(724)鎮座された1298年の歴史を持つ由緒ある神社です。

浅草寺で戦勝祈願の折に軍勢を整えた地

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」はご覧になってますか?
 「鎌倉殿の13人」公式ホームページ
  https://www.nhk.or.jp/kamakura13/
ちょうどストーリーは源頼朝は源氏再興のため挙兵したところですね。
その後、頼朝は石橋山の戦いで敗れ、安房国へ渡って再起します。
隅田川を渡って武蔵国に入り、浅草寺で参詣して戦勝を祈願するのですが、その際に軍勢を整えたのが石浜の地といわれ、1189年奥州征伐の折には
「神風や 伊勢の内外の大神を 武蔵野のここに 宮古川かな」と詠みました。
そして大勝の目的を果たし、この地に社殿を造営寄進したのが「石浜神社」です。
 石浜神社公式ホームページ
  https://www.ishihamajinja.jp/

江戸時代の景勝地。吉原遊郭へも…

現在は石油タンクが隣接し風情もありませんが、江戸時代には景勝地として名高く、東に隅田川、西に富士、北に筑波を望み、数々の浮世絵に描かれています。

隅田川渡しの図 東都名所図絵 (広重)天保十四年

浅草名所七福神の寿老神を祀っていますが、ここは荒川区。他の六社からはちょっと離れています。
境内には江戸神社、北野神社、妙義八幡、粟島水神、大工の祖神である麄香(あらか)神社、富士信仰・講の記念の一つである富士塚もあります。

また真崎稲荷神社、招来(おいで)稲荷神社とお稲荷様が2社あります。
真崎稲荷神社は、天文年間に石浜城城主となった千葉氏が武運守護として「真先かける武功」という意味にちなみ祀ったとのこと。
招来稲荷神社はその奥宮として祀られています。狐穴の前に油揚げをお供えし「おいで、おいで」と白狐を呼んで、食べれば願いが叶うといわれていたとか。
隅田川対岸・向島の三囲神社の狐とともに有名だったそうです。
江戸中期から参詣する人が多くなり、宝暦七年頃には、吉原豆腐で作った田楽を売る茶店がたち並び、吉原の遊客もよく訪れていたようです。
「田楽で帰るがほんの信者なり」

第二鳥居。額束(がくづか:横柱の中央にある短い支柱)のある型は、神明造りでは珍しい。



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