第48回 「オフィス早坂」代表 早坂 伊織 さん
2回目の登場です! 前回のインタビューから状況は変わっているのか、いないのか。
早坂さんは、作る側、売る側、そして着る側に精通しているので、そのあたりを詳しく聞いてみたくて、インタビューをお願いしました。
四代目 富田里枝
早坂 伊織(はやさか いおり)
1962年広島市生まれ。男性和装ビジネスの総合プロデュースを手がける着物伝承家。少年期よりきものを愛用し、現在は生活の全てをきもので過ごす。コンピュータメーカーのSEを経て、きものビジネスの拡大およびきもの文化の伝承に力を入れるべく独立。きものに関する執筆・講演、商品プロデュースなどを幅広く行なうと共に、男性和装に特化した新しい販売チャネル「男のきものステーション」を展開中。「日本きもの学会」副会長。
日本初の男性和装ホームページ「男のきもの大全」主宰(1997年開設)。
著書に『男、はじめて和服を着る』(光文社新書)、『ビジュアル版 男のきもの大全』(草思社)。
http://www.kimono-station.com/ ネットショップ「男のきものステーション」
http://www.kimono-taizen.com/ ホームページ「男のきもの大全」
http://kimono.iza.ne.jp/blog/ ブログ「早坂伊織の着物魂」
着たい人自身がふっきれるかどうか。
四代目 富田里枝: 前回、早坂さんにインタビューさせていただいたのは2007年ですので、5年前になります。
早坂伊織: ちょうど、私が独立して上京した年ですね。
四代目 富田里枝: その時のお話で早坂さんがおっしゃっていたのは「きものは着るもの」ということでした。素材がどうだ、産地がどこだという以前に、きものが着るためのものだということを、誰も言ってないと。
もう一つは「きもの業界の人達がきものを着ていない」と嘆いてらっしゃいました。
早坂伊織: まぁ、未だにそうですね。
四代目 富田里枝: あはは。そうなんですね。で、IT業界からなぜ独立されたかというと、きものの業界には未来があると考えたから、と。
今回まずお聞きしたいのは、5年前から比べた現状はどうか、ということです。
早坂伊織: 私はこれまでは、情報を提供する側として、本を書いたりセミナーや講演をやったり、全国各地で活動してきたわけですが、そういう機会に接点となる皆さんには、いつも共感していただけるのです。
四代目 富田里枝: きものを着たい、着てみたいという?
早坂伊織: はい。ところが着てみたいとは思っているけれども、ほとんどの方は、きっかけがないとおっしゃる。着て行く場所がない。着方がわからないなど、着ない理由は十年前となんら変わっていない。
私は結局は、着たい人自身がふっきれるかどうかだと思います。理由がないと着ないというのではなく、自分が着たいと思ったら着ればいいだけなんです。
四代目 富田里枝: まぁ、そうですね(笑)。
早坂伊織: どうやってふっきれるかは、その人なりの基準だし、きっかけはどこにでもあるはずです。十年前に比べれば、ごく自然にふっきれる人は増えてきたかな、と感じます。
製品としての出来の良さがどこにあるのかを、知りたい。
だからスペックが必要になるのです。
四代目 富田里枝: きものを着る会とか、集まりとか、すごく増えているという感覚がありますけど。 着る側の方の意識は変化しているけれども、売る側はいかがでしょう。
早坂伊織: 男のきもの市場でいえば、扱う店は増えないどころか減ってきています。 市場に出回らない、流通しないので、消費者側に届かない。買いたいと思っても、どこで手に入るのかわからない。
このままでは生産が継続できず、ますます商品が入手困難となってしまいます。
四代目 富田里枝: 欲しいきものがあれば、買う人はいると思うんですけど。
早坂伊織: 何が売れるのか、一般の皆さんが何を探しているのかリサーチできていないんです。そもそも買う側の意識では、男は呉服屋さんには近寄らないですよね。
四代目 富田里枝: うーん。
早坂伊織: その辺り、いつもお話するんですけど、男性の購買心理をきちんと把握して、それにマッチングするような提案、品揃え、販売の仕方が必要だと。
呉服屋さんは女性相手の商売なので、同じやり方で男性が共感してくださるとは限らないのです。
四代目 富田里枝: 先日、お会いした時、早坂さんがおっしゃっていた言葉がひじょうに印象的だったんですけど、呉服屋さんが顧客を産地に連れて行って織りや染めの現場を見せて、みたいなことって女性に対しては有効だけれど、男性は違う。商品スペックを知りたいんだと。
私、目から鱗だったんです。
早坂伊織: 男性と女性は、脳の仕組みが違うんですよ。女性は「すてき」「可愛い」と感じたら買うけれど、男性はとにかく納得しないと買わないんです。その納得するプロセスが楽しいんです。
四代目 富田里枝: あー、そうなんですか。
早坂伊織: 例えば、カメラや車を買うと決めたら、カタログを集めて徹底的に商品比較をする。車だったらドアの枚数とかエンジンの排気量とか基本的なことだけでなく、意味がわからないくらい細かいスペックが並んでいても、つぶさに調べるんです。それは男性ならではの脳の働きなんだそうです。
四代目 富田里枝: なるほどね。
早坂伊織: 着物の世界でも同じで、現場のドキュメンタリーを見せたところで、男はそのこと自体にはあまり興味を持たないと思うんですよ。自分が買ったものを後追いで教えてもらえば、興味を深める題材になるとは思いますが、買う前にいちばんに知りたいことではない。
それよりも男性は、製品としての出来の良さがどこにあるのかを、知りたい。だからスペックが必要になるのです。
四代目 富田里枝: おもしろいなぁ。
早坂伊織: きものの職人さんが江戸時代と同じ方法で作っていたとしても、それはその人が選んだ道なのだから、あまりそのこと自体に特別な感動は、おそらく多くの男性は持たないんじゃないかと。
きものの職人でなくても、たとえば私が以前やっていたコンピューターのソフトを開発する世界でも、ものすごい労力や時間が必要なわけですから。
私の勝手な思い込みじゃなくて、いろんな人とお話すると、実際のところそうだよね、と共感していただけるんです。
それよりももっと商品の実態が知りたいと。
証紙の絹100%だけでは、どう違うのか、値段の違い以外は理解できないですよね。
四代目 富田里枝: たとえば2種類の紬があったとして、こっちの産地はここで、こんな人がこれだけ時間をかけて作って、というよりは、自分が着たときにどんな着心地か、そういうことでしょうか?
早坂伊織: そうそう、どうしてこれを選ぶべきなのか。例えば携帯電話を買うときに、機能よりも形と色が好きだからという理由だけで選ぶ男性はほぼいないでしょう。本質的に男女は購買行動が違うということを踏まえたうえで、男のきものを提案していかないと。
意識としては、むしろベンチャー
四代目 富田里枝: 今回、早坂さんが「男のきもの専門ネットショップ」を立ち上げたのは、いつまで待っても提案する人が現れないからですか?
早坂伊織: それもありますが、セミナーや講演会で、「どこで買っていいのかわからない、購入の相談に乗って欲しい」という声がひじょうに多くなってきているのが、大きな動機でしょうか。
男性のきものは、一般の呉服店では、ほとんど扱っていないですから。扱っていたとしても「お取り寄せします」とか言われたら、そのお店には行かないですよ。
ついでとかオマケのようなニュアンスで販売されたら、楽しくない。
四代目 富田里枝: そりゃそうですね。
早坂伊織: これだけモノがあふれている時代に、誰でも知っているものなのに、どこにも売っていない商品ってめずらしいし、ある意味大きなチャンスであると思います。
私はこれまでの呉服業界の中に入っていっしょにやるという意識はないんです。現実的には何らかの形でお世話にはなるとは思いますが、意識としては、むしろベンチャーで、独自の視点による「男のきものに特化した新しい販売チャネル」を展開するつもりです。
四代目 富田里枝: ベンチャーなんだ!
早坂伊織: あらゆることを今の時代の標準的なビジネススタンスで造り変えないと、継続できないと思います。
あまり具体的なことを言うと差しさわりがありますが、価格にしても流通にしても、取引のルールにしても、きものの業界では極論からいうと、作る側にしわ寄せがいくような仕組みで動いているんです。今、そういう時代じゃないと思うのです。
四代目 富田里枝: 販売はネットのみですか?
早坂伊織: お店を構えてしまうと、いろんな面で縛られてしまうので、当面は催事や展示会で、全国各地で見ていただく機会はつくっていこうと。
実は、男のきものの卸をやろうとしていた業者さんがいたのですが、全国の小売屋さんに声を掛けたものの、ただの一軒も一緒にやろうというお店はなかったそうなんです。千何百軒も取引先を持つ大きな業者さんなんですよ。
四代目 富田里枝: えーっ!ショッキングな話ですねぇ。
早坂伊織: でもだからダメというのではなくて、やり方だと思うんです。小売屋さんが、男のきものをやろうとしないのは、男性のお客様の名簿がないからというのがその理由らしいのです。
ほとんどの呉服屋さんは、展示会や販売会の企画を立てる際、ダイレクトメールを何千枚も出すのが一般的な集客方法です。
四代目 富田里枝: たしかに呉服屋さんからDMはよく届きますね。
早坂伊織: でも実際、ネットが当たり前になった時代に、紙のDMを重要視する企業はそんなに多くないし、そもそも男性はDMにはあまり反応しない。他にも方法はたくさんあると思うのです。
四代目 富田里枝: うちでもメールマガジンとかツィッターやフェイスブックとかで発信してますし。
「男のきもの専門ネットショップ」の反応は、今のところいかがですか?
早坂伊織: まだ1ヶ月も経っていないのでこれからですが、反応的にはすごくいいんじゃないかと感じています。
四代目 富田里枝: 待ったました!という感じじゃないでしょうか。
早坂伊織: ニーズがあるのは間違いないです。今までは一方通行な提案の仕方がほとんどで、欲しい物がなかったら選びようがない。男のきものに関しては手つかずだったし、まだまだ手を尽くしたとは言えないのではないかと。
四代目 富田里枝: いよいよ早坂さんの出番ですね(笑)。
きものだって工業製品だと思う。
早坂伊織: 「男のきもの専門ネットショップ」の商品は、私が作っている現場を全部まわって、一緒に話をしながら選んでいます。男性はこういう考えで欲しがるのだから、こういうふうに作ってください、というようなことをみっちり説明して、作り手の皆さんも共感してくれました。
四代目 富田里枝: 着る人と作る人の橋渡しですね。
早坂伊織: 作り手も、思いを込めて力を注いで作ったものが、必ずしもお客さまが欲しいかどうかは別の話だということを、クールに理解しないと。
美術館に展示するような作品と、日常着る製品としてのきものは、分けて考えなければいけないと思います。きものだって、工業製品だと思うんですよ。車やコンピューターみたいにオートメーションで作ろうと、全部手作業で作ろうと。
四代目 富田里枝: そういったプロデューサーの仕事も、早坂さんがするということですか?
早坂伊織: そうですね。男のきものの総合メーカーを目指したいです。
まずはスタンダードでベーシックなものを当面力を入れていこうと。色柄など見栄えだけでなく、着心地の違い、糸の種類の違いなど本質的な部分を理解してもらったうえで、作る側、売る側の個性を乗せていってもらうという順序で展開していきたいですね。
四代目 富田里枝: 顧客のターゲットを絞れ、などといわれますが、それはいかがでしょうか。価格帯とか年齢層とか。
早坂伊織: それはある程度マーケットが定義されている場合の話だと思います。なにしろ市場そのものが誰にも定義できていないので、とくには決めてないです。
男性の皆さんが欲しいものをできるだけ幅広く用意したいと思っています。素材でいえば木綿やウールから、絹、麻などまで。全国の産地を網羅して集めようと。
四代目 富田里枝: 元々、市場にすべて揃ってないんですものね。
早坂伊織: それから、きものという商材のセグメントつまり分類整理が必要だと考えました。
まずは着用目的という基準ですね。大きく分類すれば普段着、おしゃれ着、フォーマルと分類できます。
それからビギナーなのか中上級者なのか、あるいは専門家なのか、着る側の経験的な分類ですね。
最初はゆかたで花火大会だったのが、次はデートで着るとか、茶道を習うとか、目的意識から着るものを選ぶ。いわゆるTPO。
もうひとつは予算。5万円以下なのか、10万までなのか、あるいは50万を超えてもいいのか。予算の範囲を考えて商品をラインナップできることが必要です。
四代目 富田里枝: 予算と目的という縦軸、横軸が交わった部分に、自分の欲しい商品があるのが理想。
早坂伊織: そこが明確になっていれば、作る側、販売する側、購入する側が、共通化できます。例えばお客様が欲しい商品は、このセグメント上のものだったら、どこのメーカーさんにあるな、ということが共通した情報としてやりとりできるしくみがあれば、すぐに発注取引できる。
そうしたインフラがないと、その都度、日本中のメーカーに電話をかけて探すなんて非効率ですよね。
四代目 富田里枝: セグメントされていれば、価格も信用できるし。
不透明な着物の値段を一掃して相場をつくるのが目的
早坂伊織: 価格に関していちばんの問題点は、どう見ても同じ商品が、複数の店で全然違う値段で売られている場合も残念ながらあることです。これでは支持が得られないですよね。
四代目 富田里枝: そういう理由で、きものは怖くて手が出せないという声は聞きますね。消費者としては当然値段は安い方が嬉しい。でも値段をどんどん下げてしまったら成り立たなくなるわけですよね。
つまり作る側の人達が生活できて、売る側もそこそこ利益が出て、買う側も納得できるようなバランスのとれた適正価格っていうのがあるはず。
早坂伊織: 本来はあるんだけど、きもの業界はメーカー希望小売価格というものがまったくないんですよ。きものも車や電化製品と同じように、作る側が希望小売価格を決める、通常の工業製品のあり方での、原価積み上げ方式で小売価格を決めるべきだと思うんです。
四代目 富田里枝: でも現状では、男のきものに特化しないとできないですね。
早坂伊織: そうなんです。男物の市場なら変えていける。不透明な着物の値段を一掃して相場をつくるのが目的です。私としては、作り手にもっと多く支払って、その上で今の平均的な小売価格より安くしても、じゅうぶん成り立つと思っているのです。
四代目 富田里枝: 男のきもので成功すれば、やってみようかなという小売店が増えて市場が拡大していきますね。早坂さんみたいなビジネスをやりたいという人も出てくるんじゃないかと思います。
早坂伊織: きものビジネスも、ふつうのビジネススタンスで成り立つことが実証できれば、いわゆる異業種参入も実現するのではないかと。
四代目 富田里枝: 早坂さんは、そもそも着る側の人で、きもの業界を外から見ている立場だからこそ、ビジネスのやり方を変えることができるのだと思います。
男性方がきものをもっと身近な衣服として受け入れるようになる起爆剤として、今後期待します。今日はありがとうございました!
2012年9月18日 東京スカイツリー ソラマチタウンにて。
この秋、オープニング・イベントを開催予定。私も見に行かせていただきまーす!
「男のきもの大祭典」in SILKLAB
〇日時 : 2012年10月14日(日)~10月21日(日) 11:00~18:00
〇場所 : シルクラブ 〒165-0025 東京都中野区沼袋2-30-4 (TEL:03-3389-4301)
〇内容 : 数百点規模の商品が一堂に集う、全国の男のきもの大展示即売会を実施。
10/14(日)、10/20(土)、10/21(日)は、早坂伊織による男のきもの活用セミナ ーを開催。10/19(金)は特別ゲストを招いてのお楽しみ会を開催。
お問合せ先 〒103-0002 東京都中央区日本橋馬喰町1-4-2 1103号
オフィス早坂(代表 早坂 伊織) http://www.kimono-station.com/
電話 : 03-6273-8050 FAX : 03-6273-8064 E-Mail: info@ioris.jp
さっそく、ネットショップをのぞいてみました。私が‘女性脳’で作っている雰囲気重視のウェブサイトとは違って、スペックの充実度など、大変勉強になります。これだけ痒いところに手が届く的な説明だったら、着物をウェブで購入するときの不安はかなり解消されるのでは…?
でも私としては「早坂メモ」の部分がGOOD!と思いました^^
四代目 富田 里枝
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