鏑木清方の幻の名画《築地明石町》の下駄、作ってみました

ゴールデンウィークの予定は決まりましたか?
東京の国立近代美術館では「重要文化財の秘密」を開催中です。
同館の開館70周年を記念して、明治以降の絵画や彫刻、工芸で重要文化財に指定された作品のみを展示しています。

「重要文化財の秘密」東京国立近代美術館70周年記念展

この展覧会の見どころは、教科書で見たことがあるような有名な作品がずらり並んでいるということ。
そしてその作品が発表された当初は、現在のような評価を得ておらず、むしろ新しい表現が「問題作」とされたものもあったということ。
明治以降の重要文化財のみで構成される展覧会は今回初だそうです。
現在68件が重要文化財に指定されており、そのうち51点を展示しています。
「重要文化財の秘密・問題作が傑作になるまで」 https://jubun2023.jp/

名作・傑作が並び、見応えありますが、中でも圧巻だったのは横山大観の《生々流転》。
全長40メートル。雲が一粒の滴となり、地に落ちて渓流となり、やがて大河となって最後には海へと流れ龍となって天に昇る、壮大なドラマのように水の一生を、墨の濃淡のみで描いています。

鏑木清方の三部作も展示

そして2022年11月に新たに重要文化財に指定された鏑木清方《築地明石町》《新富町》《浜町河岸》三部作も展示されていました。※展示替えのため4/16まで
鏑木清方は、明治期から昭和期にかけての日本画家。情緒ある文体の随筆でも知られています。
昨年、同館で没後50年の大規模な回顧展が開催されました。

浮世絵系の挿絵画家からスタートした鏑木清方は、東京・神田で生まれ、明治時代の古き良き東京の風景や下町の風俗を描き続けました。第二次大戦後に鎌倉へ移り、その自宅跡は鏑木清方記念美術館となっています。

鎌倉市鏑木清方記念美術館 http://www.kamakura-arts.or.jp/kaburaki/

《築地明石町》《新富町》《浜町河岸》三部作は代表作として知られています。
私は2019年に特別公開された際も、2022年の没後50年回顧展も観に行き、そして今回も三部作のなんともいえない品格に深く感動しました。

『鏑木清方原寸美術館』小学館 より

見る人の想像が膨らむ名作《築地明石町》

そのうちの一つ《築地明石町》は、清方を名実ともに日本を代表する画家のひとりに押し上げた作品ですが、44年もの間、行方不明でした。
築地明石町は明治期には外国人居留地だった場所で、ハイカラな雰囲気の街でした。
清方は幼いころよく明石町で遊んでいたそうです。
朝霧にかすむ帆船のマストや洋館が異国情緒を醸しています。
モデルとなっているのは清方夫人の女学校時代の友人であった江木ませ子さん。
イギリス巻きと呼ばれた夜会巻きの髪型。
単衣の小紋に黒い羽織の袖をかき合わせ、素足に下駄。
枯れかけた朝顔が初秋の季節を表しています。
もの思う表情で振り返る姿から、いろいろなストーリーを想像してしまう。

『鏑木清方原寸美術館』小学館 より

作品の女性が履いているのは「畳表付き塗り千両下駄」

周りの着物好きの中には、この作品に影響されて黒羽織を誂えた人もいますが(笑)、一度観たら強く印象に残るのは描かれた当時も今も変わらないようです。
妹の辻正恵も昨年この作品を観て感動したと言っていたので、「この絵の女性が履いている下駄、作ってみない?」と持ち掛けたところ、「やってみる!」と請け合ってくれました。
畳表付きの塗り千両下駄。
畳表(履物の場合はイグサではなく竹皮や籐を使う)を下駄の上面に貼っている、昔からあるデザインです。
竹皮表でも同素材を重ねた草履になると、鼻緒次第で礼装用にもなりますが、あくまでも下駄なので、おしゃれ用です。
足袋付きでも、この絵のように素足で履いてもよし。
下駄の台は黒塗りで、さらに高級感がありますね。
鼻緒は、おそらくビロードかな。昭和の初め頃までは、ビロードの鼻緒はずいぶん売れたと聞いています。
最近の一般的な鼻緒より細めですね。

『鏑木清方原寸美術館』小学館 より

辻屋本店にて特別誂え「築地明石町の下駄」

そして数か月。仕入れや発注を担当している妹が、あちこちの工房や職人に頼み込み、そっくりな下駄を作ってしまいました!

竹皮の畳表を編む職人さんに下駄用の表(おもて)を作ってもらい、それを塗下駄の職人さんにまわして貼ってもらい、ついに完成!
この絵が描かれた当時と違い、現代の道路事情を考えて下駄の底裏にはゴムを張りました。実際、ゴムを張らずにアスファルトの道を歩いたら削れてしまうのが早いのです。

鼻緒の素材も仕立ても今作ろうとすれば大変なので、辻屋本店の倉庫に眠っていた、似たデザインの鼻緒を掘り出しました。いわゆる新古品。
ビロードではありませんが、細い二石(にこく・重ねてあるように見える二重の鼻緒)の仕立てで、やはり今はなかなか作れない貴重な鼻緒です。
二石の鼻緒は現在開催中の『春のはな緒展』でも展示しています。 https://getaya.jp/feature/special-2023spring-collection/
妹、よくぞ取っておいた!と感心しました。
長く履物屋の商売をやっていればこそ出来上がった一足です。

残念ながら、こちらは一点ものの鼻緒なので非売品。
台は数足作ったので、後日販売も可能になると思います。
非売品の一足は店にございますので、ご覧になりたい方はスタッフにお声かけください。

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