歌舞伎の舞台を歩く~春慶寺

押上駅に程近い春慶寺。
振り返れば東京スカイツリーがそびえ立っています。
現在はビルになっていますが、約400年の歴史を持つ由緒あるお寺です。
お寺に安置される普賢大菩薩は「押上の普賢さま」として人々に親しまれています。

勝川春潮の浮世絵「押上村行楽」には、田園風景の押上村を行きかう楽し気な人々が描かれ、春慶寺の「普賢菩薩」の石碑も見られます。
江戸の郊外である押上が自然豊かでのどかな行楽地であったことが判ります。

画像は春慶寺公式ホームページよりお借りしました

春慶寺は「東海道四谷怪談」の作者、四世 鶴屋南北の菩提寺。
南北は幼名は勝次郎、日本橋の紺屋形付職人のうちに生まれましたが、生来の芝居好きから21歳で狂言作為者桜田治助に入門。
享和元年(1801年)、立作者(筆頭作者)となり、河原崎座で上演された「天竺徳兵衛韓噺」は70日にわたり大入り興行となりました。
文化八年(1811年)に四世鶴屋南北を襲名、「於染久松色読販」「東海道四谷怪談」などの傑作を次々と世に送り、「大南北」と尊称されました。

南北が亡くなった文政12年(1829年)の翌年、春慶寺でいとなまれた葬儀には、自宅のある深川からこの寺まで、裃をつけた役者衆の長い葬列が続いたそうです。
また参列者には、生前あらかじめ書き上げた自らの葬いをめでたい萬歳に仕立てた「寂光門松後萬歳」(しでのかどまつごまんざい)の台本が配られたとか。

墓石は震災・戦災によりかなり損傷したため、入り口のすぐ傍らにある墓標は1983年に劇作家・宇野信夫氏の染筆により再興されたもの。
その前には錚々たる歌舞伎役者の名も並んでいます。

普賢菩薩はとくに辰年、巳年の守り本尊とされています。
何年か前、街歩きイベントの下見で春慶寺を訪ねた際、お寺の方とお話ししていたら、私の祖父が熱心な信者だったことが判り、びっくりしました。
父に聞くと御開帳の日には必ずお参りしていたようです。
これは父が祖父の形見。
裏に名前の辻政、明治三十七年甲辰 十二月十二日生と彫ってあります。

歴史あるお寺ですが、なんと現代のお墓事情を考慮したハイテク設備・全自動納骨堂があるのです!
設置されたパネルに専用カードを挿入すると、遺骨が納められた御堂が搬送されてきて、おまいりできる仕組みです。
街歩きイベントの際に見学させていただき、鶴屋南北の御位牌を拝むことができました。

長養山春慶寺公式ホームページ https://www.syunkeiji.jp/html/fugen.html

さて今月のインターネットLIVE番組「ニッポンのポン!」は歌舞伎がテーマ。
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ゲストは舞台評、映画評、インタビュー記事などを執筆されているエンタメ水先案内人の仲野マリさんです。
著書に「恋と歌舞伎と女の事情」があり、シネマ歌舞伎の上映前解説もするなど歌舞伎の見どころをわかりやすく紹介されています。
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