第55回 渡井良昌さん、裕子さんご夫妻
もともとはイベント会社を経営していたが、先代の父親の跡を継ぎ、倒産寸前だった丸勤食販企業組合を立て直すという、壮絶な日々を乗り越えてきた渡井良昌さん。辻屋主催のイベントに参加されたのがきっかけで、和装好きな仲間との交流が生まれ、毎週のように奥さまの裕子さんといっしょに着物を楽しんでいらっしゃいます。
渡井良昌、渡井裕子(わたい よしまさ、わたい ゆうこ)
良昌さんは、カット野菜や骨なし魚の切り身、肉などを製造する会社を束ねる丸勤食販企業組合の理事長。事務所は足立市場(千住橋戸町)内にあり、足立市場協会の理事。ネット放送局CROSS WAVE★SENJUでは、自らパーソナリティを努める番組を立ち上げる。妻は裕子さん。
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趣味は“夫婦で着物歩き”
四代目 富田里枝: お2人が着物を着るようになったきっかけは?
裕子: 最初は私が着付けを習いたいと思ったんです。ずっと以前から漠然と思いはあったのですけど、子育てでそれどころではなかったから。
渡井: お付き合いが始まってから、あるとき裕子が「着付けを習いたい」と言ったんです。偶然、僕の同級生の女性がちょうど地元の千住で着付け教室を開いて、その案内が来た直後で、じゃあそこで習おうと。
四代目 富田里枝: 裕子さんはなぜ着付けを習いたいと思ったのでしょうか。
裕子: 子供の頃、上野に住んでいた叔母の家によく遊びに行っていたのですが、叔母夫婦がいつも着物だったんですね。そのようすが子供心にいいなぁと記憶に残っていたのかもしれません。
四代目 富田里枝: 渡井さんは、裕子さんが着るから自分も、という感じだったんですか?
渡井: いえ、僕はまだ自分で着るとは考えていなかったんです。それがある日、仕事仲間の1人が「親父から譲られた着物があるから着方を教わりたい」というので、彼をその教室に連れて行ったわけです。
四代目 富田里枝: なるほど。
渡井: で、彼が習っているのを横で「ホウホウ」と見ているうちに、「これだ!」と。僕たちは結婚したら何か共通の趣味を持とうと話し合っていたところで、絵画教室へ行ってみようかとか、書道を習おうかとか、2人でいろいろ考えていたんですよ。そのとき「着物だ!」ってひらめいたんです。
四代目 富田里枝: お友だちに付いて行って着付けを見学するまで、着物のことは頭になかったんですか?
渡井: まったく。
四代目 富田里枝: お2人とも、着物を着て何かをするっていうのではなくて、とにかく“着る”ことが目的だったのでしょうか?
渡井: そうです。最初は着物を着ている自分にびっくりして、ニヤニヤしている状態だったよね。
裕子: そうそう。たぶん1人だったら、こんなに着ていないかも。
四代目 富田里枝: 渡井さんは元々どんな趣味をお持ちだったんですか?
渡井: オーディオとか、車をいじるとか、キャンプも好きだったし。
四代目 富田里枝: すごい男の子っぽい!裕子さんは?
裕子: 私は音楽聴いたり、何か手作りしたりは好きでしたが、趣味とはいえないなって。
渡井: 2人にとって今の趣味は“夫婦で着物歩きをすること”なんです。
四代目 富田里枝: いいですね~!行きたい場所やなんかも意見が合うんですか?
渡井: 最初の1年位は、着物を着て、着物屋さんに行くというのが常でしたね。だって着物のこと、何も知らないから。いろんな反物を見せてもらったり、話を聞かせてもらうのが楽しくて。着物のおもしろさ、奥深さをリアルに着物屋さんで学んでいった。
奥さんが自分では気づいてない魅力を開眼させていく
四代目 富田里枝: 本やネットで調べるより、プロの話を聞いて知るわけですね。
渡井: 最近いろんな場所へ出かけるようになりました。ようやく季節ごとの着物が揃ったということもありますね。袷と単衣があるとか、夏物があるってことすら知らなかったんですから。僕らの年齢で着始めたものだから、誰も教えてくれないんですよ。
四代目 富田里枝: あーなるほど。
渡井: お店の人も、お客さんに恥かかせちゃいけないんで、よけいなこと言わないでしょ。こっちから聞くしかないから、ずいぶん時間かかったよね。
裕子: そうねぇ。
四代目 富田里枝: 最初に入った着物屋さんとはどういう出会いだったのですか?
渡井: 浅草でたまたま通りかかった着物屋さんに、浴衣を探そうと思って入ったら、掛かっている反物を見た瞬間にハートを打ち抜かれちゃったんですよ。
四代目 富田里枝: まだ全然知識もないのに?
渡井: 僕は元々は舞台演出の仕事をしていたので、感覚で生きてるような部分があって。
四代目 富田里枝: あー、たしかに、裕子さんの着ていらっしゃる着物って、渡井さんじゃないと選ばないかも。
裕子: そうなんです。
四代目 富田里枝: 着物の選び方が演出っぽいのかな。
渡井: 彼女、結婚してからブルーを着るようになったんです。僕が絶対似合うから!ってすすめて。洋服だったんだけど、試着させたらすごく気に入って。
四代目 富田里枝: お正月に着てらしたブルーの着物も、とってもお似合いでした。
渡井: 奥さんが自分では気づいてない魅力を開眼させていくのが、僕にとって楽しいのです。
四代目 富田里枝: わぁ~!いいですねー!!世の中の夫たちに聞かせたい!
渡井: 着物や洋服だけじゃなく、靴や小物も僕が選ぶんですよ。
四代目 富田里枝: 裕子さんは、イヤだわって思うことはないんですか?
裕子: ないですねぇ。自分では選ばないものを着てみるのって、いいですよね。
夫婦の会話が多いです。着物のことずーっとしゃべってます。
四代目 富田里枝: お2人は再婚同士ということですが、出会いはどんなですか?
渡井: よく聞かれるんですけど、知人の紹介です。つまらないんですよ(笑)。
四代目 富田里枝: いやいや、つまらないなんて。
渡井: 紆余曲折いろいろあって、40代でのリスタートです。
四代目 富田里枝: そんなタイミングで最高のパートナーがみつかるなんて、幸せですよね!
渡井: 紹介された時、彼女は千葉に住んでいたのですが、話してみたら実家が墨田区で、僕のいる千住とそれほど遠くなかった。だから共通の話題が多くて。
四代目 富田里枝: 着物が共通の趣味になったから、なおさらでしょうね。
裕子: 夫婦で会話が多いですね。着物のことずーっとしゃべってます。
渡井: 次に着る着物と帯の組み合わせだけでも時間を忘れて話すよね。
四代目 富田里枝: たしかに着物の話題ってたくさんありそう。帯締めとか履物とか小物までいろいろ。
渡井: 僕の仕事のストレス解消は、ネットで裕子の帯を探すこと。掘り出し物をみつけるのが楽しくって。
四代目 富田里枝: いい趣味~!
渡井: 里枝さんの企画してくれた「着物でBARツアー」のおかげで、いろんな人とつながることができて、着物ライフ、落語ライフが楽しいですよ。もうすっかり桂文治さん、古今亭文菊さんの追っかけ状態(笑)。
四代目 富田里枝: それはお役に立ててよかったです!
数千円の着物からスタート
渡井: 夫婦円満の一つの方法として、着物っていいと思いますよ。僕らみたいにゼロからだってできるんだから。夫婦で着物で歩いてる人たちって、今の世の中びっくりするくらい少ないでしょう。
四代目 富田里枝: 見かけるといいなって思いますよね、ご夫婦やカップルで着物って。
渡井: 最初の気恥ずかしさを乗り越えてしまえば、大丈夫です。
四代目 富田里枝: あとは「お金かかっちゃうんじゃないの?」というハードルがありますよね。
渡井: そこです!僕たちは最初ネットで探したり、たんす屋さんでみつけたり。そうやって1年分の着物をまず揃えたんです。季節ごとに持っていないと、着物って着れないんだって気づいたから1年中着物を着られる環境を整えました。でもそこにお金はかけませんでした。数千円の着物からスタートしたわけです。
四代目 富田里枝: なるほど~アタマいい!
渡井: で、次の段階は、新品なんだけど流通の関係で安く出ている反物をみつけて、自分のサイズに仕立てる。そして今ではなじみの着物屋さんが私たちに似合う着物を提案してくれるようになり、いい出会いがあればそれ相応の着物も買ったりするようになりました。
四代目 富田里枝: 着物のことをわからないうちに、すすめられて最初に高い着物を買ってしまい、失敗したって話、よく聞きます。
渡井: そう、ローン組まされて買ったはいいけど、洋服と違ってすぐ着れないでしょう。仕立て上がってくるまでの期間があるんだから。で、高いお金出して買ったから汚しちゃいけない。雨が降りそうだからやめよう。よけい着ない。そんな現象見てたら、僕らの入り方のほうがいいと思う。
四代目 富田里枝: ほんとにそうですね~!
渡井: ところがね、この買い方って呉服業界の人たちは奨励しないんですよね。中古を買われちゃったら、自分たちの商売が立ち行かなくなるだろうって。そうじゃないんです。なぜかっていうとね、リサイクルの世界って、山の裾野なんですよ。裾野が広ければ、山の高さも違うでしょ、そうしたらあなた達の面積も大きくなるんだよっていうのが僕の論理です。
四代目 富田里枝: さすがです!今までこの和装人インタビューで、いろんな方の話を聞いてきましたが、作り手・売り手側、もしくは仕事で着ている人たちだったから、楽しんで着ている消費者側のお話って、初めてかもしれません。
渡井: もちろんネットで買うリスクはあります。サイズを間違えたり、写真の色と実際の色が違っていたり。失敗しても後悔ない程度の金額で買っているから楽しんでますし、お金をかけなくても着物って楽しめるっていうことです。
四代目 富田里枝: それから、40代過ぎると着物を着ていて得なことが増えてくるような気がします。
渡井: まさしく、和装のいいところってそこですよね。洋装のほうがお金がかからない気がするけど、自分が年齢を重ねたとき、若い時に買った洋服は体系も変わるし、ほとんど着られなくなりますよね。でも着物は年を重ねる程に良さが出るし、親の着ていた着物を身に着けることもできます。
四代目 富田里枝: 洋装だとよっぽどお金をかけないと、いいものって着れないし、流行もあるし。
渡井: ある程度の年齢になって、着物を着てきた人と、まったく着てこなかった人が並んだら、明らかにわかるよね。
四代目 富田里枝: そう、着物を着こなせるかどうかは、どれだけ回数を着ているかだと思います。
裕子: 浴衣もそうですね。着なれた人は浴衣の着方も違うと思います。
四代目 富田里枝: 自分で着られるというのも大切。私はよく「どうやってそんなにゆるーく着れるの?」と聞かれますが、こうじゃなかったら動けません。裾も短めに着ているんですけど、下駄屋の商売やってれば仕方ないんです。
渡井: そうだよね。働いてるんだものね。
最初は老舗の履物専門店ってすごく敷居が高かった
四代目 富田里枝: ちょっと履物の話も聞いていいですか?最初、うちにみえた時、渡井さんがサイズが合わない雪駄を履いてらしたんですよね。
渡井: そうなんです!何もわからない状態でほかの店で買っちゃって、どうにも歩きづらい。歩いていてどうしてずれちゃうのか、理由がわからなくて。で、結局大きすぎたってことが辻屋さんに行ってわかったんですよ。
四代目 富田里枝: その雪駄は結局、息子さんのものになったんですよね(笑)。
渡井: でも最初は老舗の履物専門店ってすごく敷居が高かったですよ。
四代目 富田里枝: うーん、皆さん入りにくいんでしょうかねぇ。
渡井: 伝法院通りに移ってからは、入りやすくなったんじゃないでしょうか。辻屋さんでは、まず裕子の季節ごとの草履をそろえていったんですよね。その後、僕の履物もだんだん増えて。僕らの履物は、1年を通してすべて辻屋本店で揃えましたから! ここ、大事なとこですからちゃんと書いてくださいね!
四代目 富田里枝: ありがとうございます~!
渡井: 履物は、今だから言えるけど、最初に買うのは専門店に行くべきだと思います。
四代目 富田里枝: そのとおりなんです。価格も、このクオリティと技術、メンテナンスを総合すれば、そんなに高くはないと思うんですけど。
渡井: 足が痛くて着物が嫌いになる人って、世の中に少なくないと思うよ。僕ら、足の指の皮がむけてたんだから。最初に辻屋さんに出会っていたら、もっと楽だったのに。
裕子: 草履っていえば訪問着に履くようなものしか知らなかったから。ふだんお出掛けには何を履いていいのか。
四代目 富田里枝: そういう方はけっこう多くて、フォーマルの着物とセットで付いてきたような草履を、ふだんの小紋とかに履いてる人、よく見かけます。
妻を驚かせたいからって、内緒で頼んだんですよ
四代目 富田里枝: ところで、今日も素敵な帯ですね!ソメイヨシノは終わったけど、先ほど浅草公会堂の脇のしだれ桜が見事でした。
渡井: 季節ごとの帯が僕らのテーマになっていて、これまで紫陽花や銀杏の葉、薔薇などの帯をそろえてきました。それでね、桜の帯は、なかなか気に入るものに出会えなかったんですね。とにかく妥協したくなくて何年も探し続けていました。実は結婚のプロポーズの場所が桜の木の下だったんです。来年の桜は夫婦で見ようねと。それから毎年桜の時期に2泊くらいで小旅行することにしています。これまで横浜、小田原、京都、鎌倉、伊勢神宮…。
四代目 富田里枝: なんてステキ!
渡井: あるご縁で、や万本 遊幾先生の個展を観に行く機会があって、僕なんかが作家に依頼するなんて、おこがましいけれども、今ならできるかもしれないと思い「こういう事情なんですが先生、桜の帯を描いていただけませんか」とお願いしてみたのです。妻を驚かせたいからって、内緒で頼んだんですよ。
四代目 富田里枝: いやぁ泣けますね~!
渡井: ある日突然、家に帯が届き、裕子は号泣。
四代目 富田里枝: でしょうね~!でも着物ってそういうことができちゃうんですね。自分の好きな柄を作家に描いてもらうなんていうことが。
渡井: その帯を締めて、今年の桜は富岡製糸場に行きました。裕子の母の実家が高崎で、子どもの頃に遊びに行った記憶もあるからです。大人になってからの辛かった記憶。そして夫婦で一緒にいられる今。いろんな思いが交錯してなんだか感極まってしまいました。
四代目 富田里枝: そこに桜の帯があったのですね。今日はお2人の幸せをおすそ分けしてもらえたような気がします。いいお話をありがとうございました!
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